金沢大学ナノ生命科学研究所の福間剛士教授の研究グループは,光感受性物質の高感度原子間力顕微鏡(AFM)(※1)解析を可能にする広帯域カンチレバー(※2)磁気励振システムを開発することに成功しました。
液中AFMは,生物学や電気化学分野などにおいて,生体分子,電極,光触媒材料などの表面をナノスケール解析できるツールとして活躍しています。液中で,正確かつ安定な計測を実現するためには,カンチレバーの励振方法が非常に重要です。近年では,カンチレバーの小型化,高周波化が進んでおり,液中AFMにおける力感度,速度の向上に貢献しています。現状では,高周波小型カンチレバーの安定かつ正確な励振制御には,光熱励振法が必要とされますが,光照射による熱膨張によりカンチレバーを励振させる光熱励振法では,照射する光が試料に対して影響を及ぼしてしまうため,光感受性のある材料への応用の大きな妨げとなっていました。そのため,光感受性のある物質に対しては,通常,カンチレバーを磁性層や磁気ビーズで修飾し,コイルから発生する交流磁界によって励振する,磁気励振法が主に用いられてきました。従来,磁気励振法では,コイルに一定の電流を流すために必要なフィードバック回路で構成された電圧―電流(VI)変換回路が用いられます(図2(a))。しかし,この閉ループ回路方式によるデザインは,高周波小型カンチレバーへ応用した際に,その安定性や帯域幅などが問題となり,メガヘルツオーダーの高周波カンチレバーへの応用には至っていませんでした。
今回,本研究グループでは,メガヘルツオーダーの共振周波数を持つ小型カンチレバーの励振を,光を全く使わずに行うことのできる,4MHzの帯域幅を持つ磁気励振システムを開発しました。開発された磁気励振システムでは,サンプルホルダーに埋め込まれた励振用コイルに交流電流を流し,それによって生成された交流磁界とカンチレバーに接着された磁気ビーズとの間に働く磁気力によりカンチレバーを励振します(図1)。また,このシステムのコイル駆動回路において,従来のフィードバック回路が必要な閉ループ回路方式とは異なり,微分回路を用いることでフィードバック回路を不要とした開ループ回路方式のデザインを新たに提案しました(図2(b))。さらに,異なる動作周波数範囲を有する複数の微分回路を切り替えて用いることで,さまざまな共振周波数を持つカンチレバーに対して,周波数に依存しない一定電流でのコイル駆動を実現しました(図3)。これらの工夫により,液中におけるメガヘルツオーダーの高共振小型カンチレバーの正確かつ安定な励振を可能としました。
本研究で開発した励振システムは,高周波小型カンチレバーを用いた光感受性材料の高感度液中AFM解析の実現につながることが期待されます。
本研究成果は,2020年6月4日に国際学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
図1. (a)サンプルホルダー断面 (b)磁気ビーズとEBD探針を有するカンチレバーの概要図((C)Scientific Reports)
図2. (a)従来の磁気励振システムのデザイン概要 (b)開発された磁気励振システムのデザイン概要((C)Scientific Reports)
図3. 開発された微分回路を有するコイル駆動回路のブロックダイアグラム((C)Scientific Reports)
【用語解説】
※1 原子間力顕微鏡(AFM)
カンチレバーと呼ばれる力検出器が有する探針と試料の間に働く相互作用力を検出し,試料表面の構造をナノメートル(10-9 m)の空間分解能で計測できる顕微鏡。
※2 カンチレバー
AFMの力検出器。鋭く尖った探針を先端に有する片持ち梁。
研究者情報:福間 剛士