金沢大学新学術創成研究機構の小川数馬教授と三代憲司准教授らの研究グループは,異なる化学的性質の放射性同位元素で標識されたプローブ(※1)を用いた新しいラジオセラノスティクスの手法を開発しました。
今日のがん治療のプロセスでは,治療を始める前にさまざまな検査?診断を行い,その結果に基づき適切な治療法を決定していきます。これに対し,ラジオセラノスティクスと呼ばれる手法は,放射線を放出する薬を用いて,診断と治療を組み合わせて行う画期的な方法です。ラジオセラノスティクスでは,診断により各々の患者さんに対する治療効果?副作用が正確に予測できるため,次世代のがん治療における個別化医療の担い手として期待されています。
さまざまながん患者の方々に対し,それぞれに合った適切な治療法を提供するためには,診断用核種と治療用核種(※2)の多様な組み合わせからなるラジオセラノスティクスの確立が必要となります。そこで,本研究では,金属とハロゲンという異なる化学的性質を持つ放射性核種を組み合わせた68Ga標識PET(※3)診断用プローブ?211At標識アルファ線治療(※4)用プローブを設計?合成しました。がん細胞やマウスでの実験の結果,これらのプローブは,がんに高く集積するなど同等の性質を示すことを明らかにしました。
本研究の成果は,これまでには不可能であった組合せの放射性核種によるラジオセラノスティクスが可能であることを示すものです。今後は,各々の患者さんに最適な治療を提供する超個別化医療の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2021年8月17日に国際学術誌『Molecular Pharmaceutics』のオンライン版に掲載されました。
図1
「セラノスティクス(Theranostics)」とは,「治療(Therapeutics)」と「診断(Diagnostics)」を組み合わせた造語である。放射性同位元素を用いたセラノスティクスは「ラジオセラノスティクス」と呼ばれ,核医学診断(分子イメージング)と核医学治療(内用放射線治療)の組み合わせを意味する。通常,ラジオセラノスティクスのためのプローブは,同じ前駆体に,類似した化学的特性を持つ放射性核種を導入することで製造される。しかし,本研究では,68Gaと211Atという異なる化学的性質を持つ放射性核種を組み合わせたラジオセラノスティクス用プローブは臨床上有用性が高いと考えた。図に示すような金属とハロゲンの2つの標識部位を併せ持つ新しい分子設計により,新規放射標識RGDペプチドプローブを設計?合成した。これらのプローブにより,放射性金属と放射性ハロゲンのような多核種ラジオセラノスティクスが可能となり,個別化医療の発展に貢献することが期待される。
図2. SPECT/CT画像
67Ga標識RGDペプチド投与4時間後のU-87MG担がんマウスの (a) 体軸断面SPECT/CT融合画像,および (b) 冠状断面 SPECT/CT融合画像。67Gaは68Gaの代替核種として使用された。矢印は,U-87 MG細胞が移植された部位を示す。がんが明瞭に描写されている。
【用語解説】
※1 プローブ
もともとは探索針の意味であるが,生化学では目的物を検出するための物質の意味で用いられる。ここでは,がん細胞に結合し,診断?治療するための化合物を示す。
※2 診断用核種と治療用核種
体内の情報を体外のカメラで検出するため,透過性の高いガンマ線を放出する放射性核種が診断用核種として用いられる。一方,短い距離で大きなエネルギーを物質に与えるため細胞殺傷性が高いベータ線やアルファ線を放出する放射性核種が治療用核種として用いられる。
※3 Positron emission tomography(PET)
PET検査は放射性薬剤を用いる核医学検査のひとつで,感度,定量性が高い。ブドウ糖の誘導体である[18F]FDGを用いたがん検査が有名。68Gaは,ジェネレータといった小型の装置から用事調製可能であることから近年注目されているPET用核種の一つ。
※4 アルファ線治療
アルファ線は,細胞数個分しか飛ばないため,より短い距離で大きなエネルギーを物質に与える。つまり,がんにアルファ線放出核種を効率的に集めることができれば,がん治療において,劇的な治療効果が期待できる。211Atは,近年,医学応用が期待されているアルファ線放出核種の一つ。
Molecular Pharmaceutics
研究者情報:小川 数馬
研究者情報:三代 憲司