金沢大学理工研究域物質化学系の菅拓也助教と宇梶裕教授らの研究グループは,アセタールと呼ばれる有機化合物からベンジルラジカルを生成する新しい手法を開発しました。
炭素(C)と酸素(O)の単結合をもつエーテルは有機化合物の一種であり,ジエチルエーテルのような溶媒として大量に用いられるものから,最近ではCOVID-19ワクチンの安定化成分まで,私たちの生活のあらゆるところに使用されています。さまざまなエーテルを自在に生産するためには,その構造に合わせて色々な手法を用意しておくことが非常に重要ですが,従来の合成手法は,正電荷(+)を帯びた炭素原子と負電荷(−)を帯びた酸素原子をつなぎ合わせるものがほとんどでした。
本研究では,アセタールと呼ばれる化合物が持つ2つのエーテル結合のうち片方だけから1つの電子を奪い,エーテル結合を含むベンジルラジカルを発生させる新しい手法を開発しました。一般に電子は2つで1つのペア(電子対)を作ろうとする性質がありますが,ラジカルはペアになっていない電子(不対電子)を持つため,非常に強力な反応性を示します。また,ラジカルは電荷を持たないため,電気的な正負によらない特殊な性質を示します。本研究では,このベンジルラジカルをアルケンと反応させることによって,エーテルをこれまでほとんど例がないルートで合成することに成功しました。これらの反応は,「低原子価チタン」と呼ばれる反応剤を使用することによって実現しました。さらに,さまざまな検討により,とても安価に合成が行えるようになりました。
ラジカルは強力かつ特殊な反応性を示すため,特に近年では大変注目を集めています。例えば,医薬品の発明と生産に不可欠なクロスカップリング反応などへの応用が検討されています。また,プラスチックのようなポリマーの多くは,ラジカルを経由して合成されています。今回報告されたエーテル結合を含むベンジルラジカルの発生法は,これらのラジカルを鍵としたエーテル合成反応の新たなレシピとして注目されるかもしれません。
本研究成果は,2021年1月27日に国際学術誌『Bulletin of the Chemical Society of Japan』のオンライン版に掲載されました。
図
(A):従来法では,アセタールのC–O結合を形成する2つの電子を両方奪って活性化を行っていた。この場合,アセタールは正電荷を持つカルボカチオンとなるため,負電荷を持つ相手(X–)と反応する。(B):本研究で開発した手法を用いると,2つの電子のうち片方だけを奪って活性化することができる。この場合,1つの不対電子が炭素原子上に取り残された「ラジカル」が生じる。ラジカルは電荷によらない特殊な反応性を示す。本研究では,これをアルケンとの反応に応用した。