金沢大学医薬保健研究域医学系の河﨑洋志教授らの研究グループは,これまで研究が困難であった脳の進化の仕組みを,独自の遺伝子操作技術を用いて世界に先駆けて明らかにしました。
ヒトは他の動物に比べて脳が著しく発達していることが特徴であり,脳が発達したことによって特有の能力を獲得したと考えられています。ヒトの脳の中でも大脳(※1)は,高度な脳機能に重要であるだけでなく,脳神経疾患や精神疾患などのさまざまな病気とも関連することから,特に注目されています。大脳の表面に多く存在する隆起もしくはシワである脳回は,大脳の高機能化に非常に重要であると考えられていますが,医学研究に用いられるマウスの脳には脳回がないことから,脳回が形成される仕組みや,進化の歴史の中で何が起きて脳回が形成されたのかはほとんど分かっていませんでした。本研究グループは,マウスよりもヒトに近い高度な脳を持つ動物の脳研究が,ヒトの脳機能を解明するために重要になると考え,発達した脳を持つ高等哺乳動物フェレット(※2)を用いた研究を独自に進めてきました。その結果,フェレットの脳の構造や機能の研究を進める上で有効な独自の研究技術の開発に世界に先駆けて成功してきました。
今回,本研究グループは従来の研究をさらに発展させ,この独自の研究技術を用いて,大脳における脳回形成の仕組みや,大脳の進化の仕組みを世界に先駆けて明らかにしました。具体的には,脳回が形成されるためにはソニックヘッジホッグ(※3)というシグナル経路が重要であることを発見するとともに,フェレットとマウスの大脳におけるソニックヘッジホッグ経路の働きを比較することにより本経路が脳の進化の歴史の中で脳回形成の鍵となったことを見いだしました。
本研究を発展させることにより,ヒトに至る脳の進化の仕組みやさまざまな脳神経疾患の原因究明,治療法開発に発展することが期待されます。
本研究成果は,2020年4月21日午前8時(英国時間)に英国オンラインジャーナル『eLife』に掲載されました。
図1. 脳回形成とソニックヘッジホッグ経路の相関
大脳の断面を前から見た写真。(左)正常では左右で同じ数の脳回(*)がある。(中)ソニックヘッジホッグを増加させると脳回(*)が増えた(緑色部分)。(右)ソニックヘッジホッグを抑制すると脳回(*)が小さくなった(緑色部分)。
図2. フェレットとマウスの大脳におけるソニックヘッジホッグ経路の働き
フェレットとマウスの大脳に含まれるソニックヘッジホッグの量を測定したところ,フェレットに多く含まれることが分かった。
【用語解説】
※1 大脳
脳の大部分を占める左右一対の塊。頭蓋骨の直下にある。
※2 フェレット
イタチに近縁の高等哺乳動物であり,マウスに比べて脳が発達していることが特徴。
※3 ソニックヘッジホッグ
遺伝子の1つ。発見者がファンだった家庭用ゲームのキャラクター「ソニック?ザ?ヘッジホッグ」から名付けられた。ソニックヘッジホッグにより制御される遺伝子経路をソニックヘッジホッグ経路という。今回,脳回を形成する際に重要であることが初めて明らかになった。
研究者情報:河﨑 洋志