金沢大学環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授,東京医科歯科大学教養部の服部淳彦教授,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の池亀美華准教授,富山大学研究推進機構の田渕圭章教授らの共同研究グループは,宇宙空間で引き起こされる骨吸収がメラトニン(※1)により抑制されることを明らかにしました。
鈴木信雄教授と服部淳彦教授はこれまでに,骨のモデルとしてキンギョのウロコ(図1)を用いて,概日リズムを調節するホルモンであるメラトニンが破骨細胞(骨を溶かす細胞)の活性を抑制することを初めて見いだしています。そこで,重力のない宇宙において宇宙飛行士に引き起こされる破骨細胞の活性化による骨量の低下に対し,メラトニンが効くと考えられることから,国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟において宇宙実験を行いました。
本研究では,骨芽細胞(骨をつくる細胞)と破骨細胞が共存し,哺乳類の骨と同様のホルモン応答を示すキンギョのウロコを骨モデルとして用いた宇宙実験を実施しました。まず,ウロコの骨芽細胞でメラトニンが作られるとともに,宇宙空間ではメラトニンの合成が低下することを明らかにしました。そこで,メラトニンを添加した培地と無添加の培地でウロコを培養して比較したところ,メラトニン無添加の培地では,わずか3日間の培養でいくつもの破骨細胞が融合して多核化の活性型の破骨細胞になり,その破骨細胞がウロコにある骨質層の溝の幅を広げ,ウロコの骨吸収を促進していることが分かりました。さらにウロコの骨芽細胞において,骨吸収を促進する因子であるRankl(※2)の遺伝子発現が上昇し,骨吸収を抑制するホルモンであるカルシトニン(※3)の遺伝子発現を抑制することも分かりました。他方,メラトニンを添加した培地で培養すると,ウロコの骨芽細胞におけるRanklの発現が抑制され,カルシトニンの発現が正常に戻ることが明らかになりました。
本研究成果は,メラトニンが宇宙飛行中の宇宙飛行士の骨量減少を防ぐ予防薬として使用できる可能性を示しており,将来,メラトニンが宇宙飛行士の骨量低下の予防?治療薬に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2019年7月19日(米国東海岸標準時間)に国際科学雑誌『Journal of Pineal Research』に掲載されました。
図1. 魚類のウロコの模式図
魚のウロコは,石灰化している骨質層の上に骨芽細胞と破骨細胞が共存しており,重力?微小重力の骨に対する応答を解析できる良いモデルである。
図2. 研究成果の概要
(図下)地上実験において,骨芽細胞におけるメラトニン受容体,メラトニン合成酵素およびカルシトニンの発現を調べた結果,メラトニンはウロコにおけるカルシトニンの産生を促進し,発現が上昇したカルシトニンが破骨細胞を抑制した。
(図上)宇宙実験において,宇宙飛行中の微小重力は,ウロコの破骨細胞における多核化および吸収活性を促進させた。このとき,破骨細胞を活性化させるRANKLの遺伝子発現は上昇し,破骨細胞を抑制するカルシトニンの遺伝子発現は減少した。メラトニンを作用させると,宇宙飛行中のこれらの因子は正常な遺伝子発現レベルを維持し,その結果,微小重力刺激による活性化破骨細胞は抑制された。
【用語解説】
※1 メラトニン
メラトニン(N-acetyl-5-methoxytryptamine)は夜間に分泌される,アミンに属するホルモンであり,トリプトファンからセロトニンを経て合成される。合成に関わる重要な酵素として,アリルアルキルアミンN-アセチルトラスフェラーゼ(AANAT)とアセチルセロトニン-O-メチルトランスフェラーゼ(ASMT)が挙げられる。主に松果体から分泌されるが,他の組織においても産生されることが知られており,脊椎動物,無脊椎動物,植物さらにはシアノバクテリアにも存在する,種を越えて保存されたホルモンである。
※2 Rankl
Receptor activator of nuclear factor kappa-Β ligandの省略形。骨芽細胞で合成され,破骨細胞で発現しているRANK(Receptor activator of nuclear factor kappa-Β)と結合することにより破骨細胞を活性化させ,骨吸収を促進する。本研究では,Ranklの遺伝子発現を解析した。
※3 カルシトニン
哺乳類では甲状腺の傍濾胞細胞,哺乳類以外では鰓後腺から分泌される32アミノ酸残基を有するペプチドホルモンである。主な作用は,破骨細胞の活性を抑制して,骨吸収を抑制する。その結果として,血液中のカルシウム濃度が低下する。
研究者情報:鈴木 信雄