小脳を模した光ニューラルネット回路 ?超高速?省電力の光リザバー計算チップを実現?

掲載日:2021-11-5
研究

金沢大学理工研究域機械工学系の砂田哲教授らの共同研究グループは,小脳を模したニューラルネットワーク(※1)の一種であるリザバー計算(※2)を,光を用いて超高速かつ低消費電力で処理可能な新しい光回路チップを作製しました。

近年の人工知能(AI)?機械学習の急速な進展により,コンピューティングの需要が爆発的に増加している一方で,電子を情報の担い手とする既存コンピューティング技術の進展の限界が指摘されています。そこで,新たなコンピューティング技術として光を利用したニューラルネット処理が注目され,現在,世界的に研究開発が進んでいます。しかし,既存研究では1次元的な細い光配線(光導波路,※3)によって光回路を構成しているため,光波動の空間的な自由度を活かせず高密度な実装?演算が困難であり,その演算速度において限界がありました。

本研究では,光波動の空間的自由度を活かして光の“ニューロン”を微小領域中に高密度かつ大規模に実装できる光回路を設計?試作し,これを用いてリザバー計算が超高速かつ低消費電力で実現可能であることを示しました。本研究で開発した光回路では,空間的に連続に分布する光のニューロンの“場”を形成できます。そのため,原理的に光波長スケール(数百ナノメートル)の間隔で(仮想)光ニューロンが配置されたような実装が可能となり,その高密度性を活かして最先端の光リザバー回路チップの60倍以上の高速性,電子回路の100倍以上の省エネ性を実現できる可能性を秘めていることが明らかにされました。

今後,本研究の光回路チップをさらに高度化することで,AI処理の超高速化や省エネ化が可能となり,これまで捉えることのできなかった高速現象の異常検知?認識などへの応用が期待されます。また,光通信や光計測分野をはじめとしたさまざまな分野への応用が期待されます。

本研究成果は,2021年11月1日23時(日本時間)に米国光学会誌誌『Optica』に掲載されました。

 

  

図1.(a)リザバー計算の基本モデル(b)本研究提案の光リザバー計算回路の概念図

マルチモード導波路中の複雑干渉により,スペックルパターンを生成して,これを空間連続的なニューラルネット(ニューロンの場)としてリザバー計算に利用。モード分散によりメモリ機能を与えることも可能。(b)の構成は(c)に示すような高密度な光ニューロン実装に対応する。

 

 

図2.本研究で作製した光リザバー計算回路チップ

シリコンチップ上の4 mm2角内に折り畳まれたスパイラル型の結合マルチモード導波路によりリザバー計算に適した光のニューロン場を生成可能。左側から処理したい情報を入力すると右側からその特徴変換した結果を出力。時間のかかる演算を光の伝搬に伴い自然に実行可能。

 

図3.カオス的な複雑信号の1ステップ先を予測した結果

(a)入力カオス信号。毎秒12.5ギガサンプル(Gsamples/sec)の速度で光位相を変調し,計算回路チップへ入力。(b) 光リザバー計算回路チップで生成した光ニューロン場の応答。この時空間応答から1ステップ先を予測するように学習した。(c)はその結果を示す。このように高速に変動する時系列データもよい精度で高速に予測できる。

 

 

 

【用語解説】

※1 ニューラルネットワーク
脳内にある神経回路網の一部を模した数理モデル。近年の人工知能の中核的機能を担っている。

※2  リザバー計算(リザバーコンピューティング)
時系列データの処理を得意とする再帰型ニューラルネットワーク(RNN,※5)の一種であり,最近では,小脳での情報処理モデルとの類似性が指摘されている。リザバー計算では,一般的に,リザバー層と呼ばれる中間層に巨大なランダムネットワークを用いる。RNNと異なり,ランダムネットワークでの学習は行わないので,簡単な最適化法で学習が可能である。なお,リザバー計算ではランダムネットワークに拘る必要はなく,多様なダイナミクスを生成可能な動的システムをリザバーとして用いて良いことが分かってきた。本研究では,結合マルチモード光導波路で生成する光ニューロンの場(スペックルによる擬似ランダムなネットワーク)をリザバーとして用いた。

※3  光導波路(シングルモード導波路,マルチモード導波路)
光の配線。コアと呼ばれる屈折率の高い芯を屈折率の低い物質(クラッド層)で覆った構造。コア層の幅が狭く単一の伝搬モードしか伝搬させない導波路をシングルモード導波路と呼び,コア層の幅が広く,さまざまなモードを伝搬させる導波路をマルチモード導波路と呼ぶ。マルチモード導波路の場合,コアの部分が光の波長に比べて十分に大きくなっており,複数の光の進み方ができる。その結果,伝搬速度が進み方によって異なり,ファイバ端での干渉によってスペックルが観測できる。

 

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Optica

研究者情報:砂田 哲

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