金沢大学がん進展制御研究所の髙橋智聡教授らと東京医科歯科大学脳統合機能研究センターの味岡逸樹准教授の共同研究グループは,合成CDK4/6(※1)阻害剤の適応拡大のための併用療法の開発に成功しました。
合成CDK4/6阻害剤はRB1がん抑制遺伝子(※2)タンパク質の保たれた全てのがんに有効である可能性があります。しかし,進行乳がんへ治療での保険収載が認められたほかは,他疾患への適応拡大がなかなか進みませんでした。
髙橋らの研究グループは,まずマウスの肝細胞においてRB1の機能が弱くなることによって肝細胞がんが起こることを見出しました。次に,化合物スクリーニングによって,RB1の機能が保たれている肝細胞がんの治療において,合成CDK4/6阻害剤に加え数種のキナーゼの阻害剤から1種類を組み合わせる,2剤併用療法が大変有効であることを見出しました。RB1の機能が保たれているがんは他にも沢山の種類があり,ことにK-Rasというがん遺伝子(※3)が活性化したがんではその傾向が強いです。そこで,肺がん,大腸がんなどさまざまなK-Ras変異がんの治療に上記の併用療法を用いたところ,劇的な治療効果を観察しました。
これらの知見は将来,肝細胞がん,K-Ras変異肺がん,大腸がん,膵臓がん,胆管がん他,多くのRB1野生型難治性がんの治療に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2021年8月26日6時(日本時間)に米国学会誌『Hepatology』のオンライン版に掲載されました。
図1 今回発表した新治療法の原理
図2 今回発表した新治療法の当面の治療対象疾患
【用語解説】
※1 CDK4/6
サイクリン依存性キナーゼ4と6を合わせてこのように呼ぶ。細胞増殖シグナルによってD型サイクリンが発現亢進しこれらのキナーゼを活性化するとRB1に一つだけリン酸基を付与する。そうなってしばらくすると,サイクリンE-CDK2複合体がやってきて最大14個までリン酸基を付与しRB1を完全に不活性にする。CDK4/6阻害剤はRB1を長時間無リン酸化状態に置くことによってがん細胞にストレスを与える。
※2 RB1がん抑制遺伝子
RB1遺伝子の異常を産まれながらに持つと,網膜芽細胞腫などのがんに罹患する。正常の状態では,細胞周期を進行させる遺伝子群の発現を抑制することによってがんの無秩序な増殖にブレーキをかける。さまざまながんで可逆的に不活性化されている。
※3 K-Rasがん遺伝子
膵臓がん,大腸がん,肺がんなど,さまざまながんの原因となる最も代表的ながん遺伝子。突然変異によってこの遺伝子産物が活性化すると,RB1の機能は強く抑制される。しかし,このことによって,RB1遺伝子の変異や欠失までは必要でなくなるので,RB1タンパク質は正常な状態で保持されることが多い。
研究者情報:髙橋 智聡