金沢大学医薬保健研究域医学系の堀修教授と,大学院医薬保健学総合研究科医学専攻のNguyen Thi Dinhさん,京都大学,徳島大学との共同研究グループは,脳の中でも海馬という場所で起こる神経細胞死を抑制する新たな分子を発見しました。
記憶の形成に重要な海馬は,脳卒中や早期のアルツハイマー病において障害を受けやすい場所としても知られています。その理由の一つとして考えられているのが興奮毒性です。これは,興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸が神経細胞の周囲で過剰になり,神経細胞内に多量のカルシウムイオンが流入することで,最終的に神経細胞死が引き起こされる,というものです。
本研究グループは,海馬の興奮毒性の過程で起こる小胞体ストレスに注目して研究を行ってきました。そして,小胞体ストレスに対する防御系である小胞体ストレス応答の一員ではあるものの,その働きがほとんど不明であったATF6βという分子が神経細胞内でカルレティキュリンというカルシウム結合タンパク質を増加させ,細胞内のカルシウム濃度を調節することで,小胞体ストレス,興奮毒性から細胞を保護していることを発見しました。
これらの知見は,脳卒中やアルツハイマー病,さらには老化に伴い起こる記憶障害の予防?治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,2021年6月22日に英国科学誌『Scientific Reprots』に掲載されました。
図1.ATF6β ―カルレティキュリン経路による神経細胞内カルシウム制御
野生型マウスの神経細胞ではカルレティキュリンの働きにより十分な量のカルシウムを小胞体内に蓄えることができる。一方,ATF6βKOマウスの神経細胞ではカルレティキュリンの量が少なく,小胞体内のカルシウム量は減少し,逆に細胞質のカルシウム濃度が上昇する。このことにより神経細胞死が起こりやすくなる。
図2. ATF6βを欠損した神経細胞で増強する神経細胞死
野生型マウスの神経細胞に比べてATF6βKOマウスの神経細胞では小胞体ストレスにより誘導される細胞死が有意に増加する(赤色のシグナル)。この時,あらかじめカルレティキュリンを増やしておくと神経細胞死が抑制される。
図3. ATF6βKOマウスの海馬で増強する神経細胞死
マウスの海馬にカイニン酸を投与すると興奮性毒性による神経細胞死が観察される。この時,野生型マウスに比べてATF6βKOマウスで神経細胞死が有意に増強することが明らかになった(緑色のシグナル)。
研究者情報:堀 修