金沢大学医薬保健研究域薬学系の松尾淳一教授らの研究グループは,僅かな量の水酸化カリウムを塩基触媒として活用する環境調和型の新しい多成分連結反応を開発しました。
我々が服用する薬の多くは化学的な合成によって製造され,世の中に供給されています。その構成要素となる炭素,窒素,水素などの元素は,そもそも目に見えないため,それらを意図したとおりに薬の形へ作り上げていくことは容易ではありません。これまでの化学合成による薬の製造では,目的の工程を実現するために希少かつ高価な金属や,環境に有害な元素を大量に必要とする場合が多く,それらの廃棄を含めた製造コストが大きな課題となっています。したがって,環境調和型の新しい合成反応の開発はこの問題を解決する一助になることが期待されています。
多成分連結反応とは,3種類以上の成分を1つのフラスコの中で反応させて化合物を形成する反応で,医薬品探索研究などによく用いられています。本研究では,ニトロアルカン,アクリルアミド,アルデヒドという3つの化合物間の多成分連結反応が,水酸化カリウムという塩基触媒をわずかな量用いることによって進行することを明らかにしました。通常の化学反応は1つの反応容器で1つの結合を形成または切断するので,一般に2つの結合を制御して一挙に形成することは困難です。しかし,これを特別な処理なく環境に優しい試薬である水酸化カリウムで実現していること,さらにこの反応によって形成される2つの結合が,医薬品合成において最も重要な炭素―炭素結合であることに大きな意味があります。
本研究の成果は,例えば3種の原料をそれぞれ10種準備することによって,理論的には1000種の生成物を得ることができます。病気を治す薬を探すにはさまざまな構造の物質を数多く試す必要がありますが,その薬を探す際に強力なツールとなることが期待されます。また,今回開発した反応では環境にやさしい試薬を微量用いるだけで2段回反応が一挙に進行するので,薬の大量製造においてもその環境面?コスト面に関わる問題を解決することが期待されます。
本研究成果は,2021年1月23日に国際学術誌『Green Chemistry』のオンライン版に掲載されました。
図1. 環境調和型3成分連結反応による医薬品中間体の合成
環境に優しい水酸化カリウムをごく微量用いることによって,3種の原料を特別に処理することなく,2種類の炭素―炭素結合を制御しながら一度に形成することができる。
図2. 医薬品探索への応用
数多くの医薬品候補化合物を簡便かつ環境にやさしく合成することが可能になった。