ナノサイズの細胞外膜小胞の物性イメージングに成功
~細菌は不均一な性質の膜小胞を放出する~

掲載日:2020-4-7
研究

金沢大学理工研究域生命理工学系/ナノ生命科学研究所の田岡東准教授らと筑波大学生命環境系および微生物サステイナビリティ研究センターの野村暢彦教授らの共同研究グループは,細菌が環境中に放出する微小な袋状の膜構造体(メンブレンベシクル: MV(※1))の物理的性質を原子間力顕微鏡(※2)と呼ばれる顕微鏡技術を用いて調べる方法を開発しました。

近年の国内外の研究で,MVは,細菌間の情報伝達やタンパク質の輸送,遺伝子の水平伝播に関与し,抗生物質やファージ(※3)への「おとり」として働いて細菌の生存を助けるなど,細菌の生存戦略に深く関わる重要な因子であることが報告されています。しかし,細菌が放出するMVの大きさは直径20~400ナノメートル(nm,※4)程度と極めて小さいだけでなく,リン脂質膜(※5)という非常に柔らかくもろい構造でつくられていることから,MV粒子一つ一つの性質を個別に調べる方法は開発されておらず,MVの詳しい実態はこれまで明らかにされていませんでした。

本共同研究グループは,高速原子間力顕微鏡の位相イメージング(※6)を用いてMV1粒子の物理的性質を生理的環境に近い溶液中で定量的に調べる方法を開発し,4種類の細菌が放出したMVの性質を比較しました。その結果,1種類の細菌が物理的性質の異なる多様な性質のMVを放出すること,また細菌種ごとに放出するMVに種特異的な性質の違いがあることを見いだしました。

細胞外に膜小胞を放出する現象は,細菌だけでなく,動物やヒトの組織でもよく知られています。そのため,膜小胞1粒子の解析を可能にした本手法は,細胞外膜小胞の実態解明や,細胞外膜小胞を介した生命現象のメカニズムの解明に貢献することが期待されます。

本研究成果は,2020年3月23日に国際学術雑誌『Nanoscale』のオンライン版に掲載されました。
 


 

図1. メンブレンべシクル(MV)の多様な役割

MVは,細菌が細胞外に放出する細胞膜で構成された膜小胞である(A)。細菌が放出するMVにはさまざまな役割がある(B)。例えば,MVは,細菌をターゲットとする薬剤やウイルスから細菌を防御するおとりとしての役割や,バイオフィルムと呼ばれる細菌集団が作るスライム状の構造体の材料を提供する。また,シグナル分子を介した細胞間コミュニケーション,毒素の運搬,さらに新しい形質を獲得するための遺伝子の水平伝播など物質の運び手として働く。

 

 

図2. 高速原子間力顕微鏡によるMV粒子の位相イメージング結果

高速原子間力顕微鏡の位相イメージングによって見える化された1種類の細菌から放出されたMV粒子の表面物性(A)。位相イメージングでは,MV粒子ごとの物理的性質の違いが色で示される。赤いMV粒子は吸着性や粘弾性が低く,MV粒子の色がオレンジから黄色,緑となるにつれて吸着性や粘弾性が高いことを表す。このような高速原子間力顕微鏡像から,MVの物性分布を定量的に解析した(B)。その結果,1種類の細菌が分泌したMVは,物理的な性質が異なる粒子の集団であることが明らかになった。
 

 

 

【用語解説】
※1 メンブレンベシクル:MV
細菌が環境中に放出する細胞膜によって構成される直径20~400nmの微小粒子のこと。ほとんどの細菌がMVを形成し,環境中の物質循環や生態系に大きな影響を及ぼすと考えられている。

※2 原子間力顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一種であり,先端が極めて鋭い探針が試料表面を走査しながら試料の表面の凹凸の計測を行う。

※3 ファージ
細菌に感染するウイルスの総称。ファージが細胞膜に結合することで細菌は感染する。

※4 ナノメートル(nm)
長さの単位で100万分の1ミリメートル。

※5 リン脂質膜
親水性と親油性を併せ持つリン脂質が二層になった膜。生物の細胞膜を構成する基本構造として利用されている。

※6 位相イメージング
原子間力顕微鏡の測定モードの一つ。試料表面の物理的性質(吸着性や粘弾性など)がプローブ振動の位相遅れと呼ばれる物理量に影響を与える。位相イメージングは,この位相遅れを利用して,試料表面の物理的性質の違いを可視化する。

 

 

詳しくはこちら

Nanoscale

研究者情報:田岡 東

 

 

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