金沢大学学際科学実験センターの西山智明助教と,基礎生物学研究所/総合研究大学院大学の石川雅樹助教,森下美生大学院生,長谷部光泰教授,名古屋大学の佐藤良勝特任准教授らの共同研究グループは,コケ植物ヒメツリガネゴケを用いて,植物体の中の葉細胞を幹細胞に直接変えることができる遺伝子を発見しました。
私たち人間をはじめ,動物も植物も,一つの細胞である受精卵が分裂し,増えた細胞がいろいろな性質を持ち特殊化(分化)することで,体ができあがります。ところが,ひとたび分化した細胞でも,受精卵のようにさまざまな種類の細胞を作り出すことができる幹細胞(※1)へと変化させることができます。ヒトを含む哺乳類では,分化した細胞に複数の遺伝子を働かせて,iPS細胞(人工多能性幹細胞)(※2)に変化させることができるようになりました。一方で植物は,遺伝子操作をしなくても,挿し木や葉刺しによって容易に植物体全体を作り出すことができます。このとき,茎や葉を作っている分化細胞から幹細胞が作り出されます。これまで,1遺伝子を働かせることで葉細胞から幹細胞を含む分裂組織を作り出すことは可能でしたが,葉細胞を幹細胞に直接変える遺伝子は見つかっていませんでした。
本共同研究グループは,コケ植物ヒメツリガネゴケの再生能力について研究を行なっていたところ,たった一つの遺伝子を働かせるだけで植物体の中の葉細胞を幹細胞に直接変えられることを発見し,この遺伝子をステミンと名付けました。一つの遺伝子を人工的に操作するだけで生体内の無傷の分化した細胞を直接幹細胞に変えることができたのは,全ての生物において初めてです。さらに,通常はヒストン(※3)の特定の化学修飾(※4)によって厳重に働かないように管理されている幹細胞化遺伝子を,ステミンが化学修飾を減少させることで働かせていることを発見しました。
今後,ステミン遺伝子の働きをより詳細に調べることで,植物の分化した細胞を幹細胞に変える仕組みの全貌解明につながることが期待されます。また,作物の効率的育種への可能性も秘めています。
本研究成果は,2019年7月8日(英国時間)に国際学術誌『Nature Plants』のオンライン版に掲載されました。
図1. 通常のヒメツリガネゴケの茎葉体とステミン遺伝子を働かせた3日目の茎葉体
ステミン遺伝子を働かせると,葉細胞が直接,原糸体幹細胞に変化して伸び出す。
図2. ステミンによって葉細胞が幹細胞に変化する仕組みを説明したモデル
葉細胞では,幹細胞へ変化する時に働く多数の遺伝子が化学修飾によって厳密にオフの状態になっている(上)。ステミンを働かせると,ステミンがその遺伝子領域に結合し,化学修飾が外れて,幹細胞化の遺伝子が働く(下)。ステミンは化学修飾を減らす働きと,化学修飾が減った遺伝子を働かせる(転写する)2つの働きをしていると考えられる。
【用語解説】
※1 幹細胞
細胞が分裂して,自分と同じ細胞とさまざまな細胞に分化する能力を持つ特殊な細胞のこと。
※2 iPS細胞(人工多能性幹細胞)
哺乳類の分化した細胞に,いくつかの遺伝子を導入することで作られる幹細胞。いろいろな細胞を生み出すことができるので多能性幹細胞と呼ばれる。
※3 ヒストン
核に存在するタンパク質。細胞内にあるさまざまな酵素によって化学修飾され,修飾される位置や化学修飾の種類によって異なる機能を持つことが知られる。
※4 化学修飾
タンパク質やDNAなどの生体高分子に含まれる特定の官能基を化学的に変化させて,活性や反応性などの機能を変化させること。
研究者情報:西山 智明