がん進展制御研究所の城村由和教授と東京大学医科学研究所の共同研究グループは,老化や加齢性疾病発症?病態進展に伴い老化細胞が生体内の様々な臓器や組織に蓄積するメカニズムの一端を明らかにし,抗PD-1抗体(※1)による老化細胞の除去が新たな抗老化治療の有望な戦略になりうることを見出しました(図1)。
DNA損傷などで誘導されるストレス応答の一つである細胞老化によって生じる不可逆的な細胞増殖停止?生理活性因子の分泌等の特徴を示す細胞,いわゆる『老化細胞』の蓄積は,加齢に伴う炎症の主な原因であり,様々な加齢性疾患の素因となると考えられます。しかしながら,老化細胞の蓄積の分子的基盤や,この蓄積機序を標的として老化現象を改善する技術については,ほとんど知られていません。
今回,本研究グループは,以前に同グループが樹立した老化細胞可視化マウスを用いた一細胞レベルでの老化細胞の解析により,老化細胞が免疫チェックポイントタンパク質であるPD-L1(※2)を不均一に発現していること,PD-L1陽性老化細胞は生体内で加齢とともに蓄積すること,また過剰なタンパク質凝集体の形成や強い炎症機能を有していることを明らかにしました(図2)。さらに,PD-L1陽性細胞はT細胞による免疫監視に抵抗性を示すこと,抗PD-1抗体を自然老化マウスや正常脂肪肝炎マウスに投与すると,活性化CD8陽性T細胞(※3)の働きによって体内に蓄積した老化細胞の数が大きく減少し,老化に関連するさまざまな表現型が改善されることも分かりました(図3,図4)。
これらの知見により,不明な点が多かった老化細胞の蓄積機構の基礎的な理解が進むことに加え,現在,がん治療でも使用されている免疫チェックポイント阻害剤の老化病態治療への応用といった新たな展開がもたらされることが期待されます。
本研究成果は, 2022年11月3日(木)午前1時(日本時間)に米国科学誌『Nature』のオンライン版に掲載されました。
図1:本研究の概要
本研究では,老化や加齢性疾病発症?病態進展に伴い老化細胞が生体内に蓄積するメカニズムを明らかにすることを目指し,免疫チェックポイントタンパク質であるPD-L1を発現している老化細胞の一部が選択的に蓄積することを見出した。
図2:老化に伴うPD-L1陽性老化細胞の免疫監視回避機構
老化細胞の多くはMHC-1分子上に内在性レトロウイルス由来のペプチドを抗原として提示し,かつ炎症性サイトカインを分泌することで活性化CD8陽性T細胞により認識されて除去される。一方,老化細胞の一部はタンパク質凝集体の蓄積とともにPD-L1分子を発現し,CD8陽性T細胞上のPD-1分子と結合してCD8陽性T細胞の活性を抑制することで免疫監視を回避して蓄積する。
図3:抗PD-1抗体投与により老齢マウスに見られる老化表現が改善する
(A)老齢マウスに抗PD-1抗体を投与するとp16(※4)陽性老化細胞の割合が減少する。老齢マウスに抗PD-1抗体を投与すると(B)握力の減少や,(C)肝臓内への脂肪の蓄積が改善する。
図4:抗PD-1抗体投与によりNASH病態が改善する
抗PD-1抗体を投与するとNASH肝臓のp16陽性老化細胞の割合が減少する。NASHマウスに抗PD-1抗体を投与すると血清(B)AST, (C)ALT,(D) LDH値が正常値に近づき,(E) 肝臓内の脂肪蓄積が改善する。
【用語説明】
※1:抗PD-1抗体
細胞上のPD-1に結合してPD-1 とPD-L1あるいはPD-L2とは結合を阻害し,T細胞の活性化を維持する免疫チェックポイント阻害剤の一つ。
※2:PD-L1
T細胞表面上のPD-1およびB7-1受容体と結合してT細胞機能を抑制する膜貫通型タンパク質のこと。
※3:CD8陽性T細胞
CD8を細胞表面に発現するT細胞で,適応免疫系の重要な構成要素で,ウイルスや細菌などの細胞内病原体や腫瘍に対する免疫防御に重要な役割を果たす。
※4:p16
細胞周期に重要な役割を持ち,様々ながんにおいて変異や欠落があるがん抑制遺伝子であるのこと。特に,CDK4キナーゼを阻害することで細胞周期をG1期で停止させ,老化細胞を誘導する。
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研究者情報:城村 由和