金沢大学ナノ生命科学研究所の奥田覚准教授と北海道大学電子科学研究所の佐藤勝彦准教授の共同研究グループは,立体組織中において細胞がクラスターを作りながら動く物理的な仕組みを解明しました。
人の身体を構成する細胞の一部は,自ら推進力を生み出すことで身体の組織中を移動することができます。しかし,これまでの研究は,培養皿上の平面的な移動や関連する遺伝子についての研究に限られており,立体組織中を細胞が動く仕組みは未解明なままでした。そこで本研究グループは,細胞が動く物理的な仕組みに着目し,独自の科学計算技術を開発することで,立体組織中を細胞が動く仕組みを明らかにしました。まず,「一つ一つの細胞で偏った界面張力(※)が細胞や細胞塊(クラスター)の移動を引き起こす」という仮説を立てました。そして,独自の科学計算技術を使ってコンピュータシミュレーションを行い,この仮説の妥当性を確かめました。さらに,細胞の偏った界面張力は,細胞と周囲との界面に一方向的な流れを生じることで,細胞や細胞塊(クラスター)が動くための推進力を生み出すことが分かりました。加えて,このコンピュータシミュレーションにより,がん浸潤や胚発生にみられる複数の異なる動きのパターンが再現され,各パターンが生じる物理的な条件が特定されました。
これらの発見は,細胞の動きに対する物理的な理解の重要性を示しており,基礎的な生物学のみならず,がん疾患に対する新しい理解を提供し,次世代の治療薬の開発にも役立つと期待されます。
本研究成果は,2022年5月6日正午(米国東部時間)に米国科学誌『Biophysical Journal』のオンライン版に掲載されました
図1 独自開発したシミュレーション技術と数理モデリング
図2 シミュレーションで再現された細胞の動き
図3 立体組織中における細胞や細胞集団の運動の仕組み
図4 再現された複数の細胞運動パターンとその条件
【用語解説】
※ 界面張力
二つの相が接する境界面の表面積を減少させようとする力。本研究では細胞とその周囲にある他の細胞や細胞外基質との境界面に働く力。細胞はさまざまな分子の働きによって自身を縮める収縮力や周囲の物質と接着させる接着力を生み出す重要な能力をもつ。特に,運動する細胞は収縮力や接着力を空間的に偏らせることが知られている。この細胞の収縮力や接着力の偏りは界面張力の偏りによって表現できる。
研究者情報: 奥田 覚