金沢大学医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授,金田勝幸教授,大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学の近藤誠教授らの共同研究グループは,ケタミン(※1)の即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明しました。
うつ病の患者数は世界で約2.8億人と言われ,深刻な社会経済的損失をもたらします。しかし,現在うつ病の治療に用いられる抗うつ薬は,効果発現が遅く,3分の1以上の患者は治療抵抗性であることが問題となっています。2000年代の臨床研究により,全身麻酔薬として古くから用いられているケタミンが,麻酔用量よりも低用量で治療抵抗性うつ病患者に対して即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり,大きな注目を集めています。ケタミンには依存性や精神症状(幻覚,妄想など)といった重大な副作用があるため,ケタミン自体の臨床応用には大きな問題が伴います。そこで,不明な点が多いケタミンの作用メカニズムの解明により,有効性が高く,かつ副作用の小さい治療薬の開発につなげることが期待されます。
本研究グループは,マウスの脳を解析し,ケタミンを投与すると,内側前頭前野(mPFC)(※2)においてインスリン様成長因子-1(IGF-1)(※3)の遊離が持続的に増加し,このIGF-1がケタミンの抗うつ作用の発現に重要な役割を果たしていることを世界で初めて発見しました。
本研究でIGF-1の役割が明らかとなったことにより,将来,IGF-1を標的とした,ケタミンより安全性の高い新しい抗うつ薬の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,2022年5月17日午前1時(英国夏時間)に米国オンライン科学誌『Translational Psychiatry』に掲載されました。
図1 マウスにケタミンを投与すると,脳の内側前頭前野(mPFC)においてインスリン様成長因子-1(IGF-1)の遊離が持続的に増加した。*は統計解析(繰り返しのある2元配置分散分析)により有意差があることを示す(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)。
図2 ケタミンの抗うつ作用に対するmPFC内のIGF-1の役割をマウスの行動実験で調べた。無動時間(グラフ縦軸の値)が短いほど,抗うつ作用が強い。IGF-1中和抗体(IGF-1の働きを阻害するタンパク質)をマウスのmPFC(両側)に局所投与すると,ケタミンの抗うつ作用は見られなくなった。この結果から,ケタミンの抗うつ作用におけるmPFC内IGF-1の重要性が示唆された。*は統計解析(2元配置分散分析)により有意差があることを示す(***p<0.001)。
【用語解説】
※1 ケタミン
1960年代に合成された全身麻酔薬。既存の抗うつ薬が効かない治療抵抗性うつ病患者に低用量のケタミンを点滴で静脈内に投与すると,数時間以内に抗うつ作用が現れ,この抗うつ作用は1週間程度持続する。
※2 内側前頭前野(mPFC : medial prefrontal cortex)
大脳の前頭葉の最前部に位置する前頭前野と呼ばれる脳領域の内側部分であり,うつ病との関連が報告されている。
※3 インスリン様成長因子-1(IGF-1: insulin-like growth factor-1)
インスリンとよく似た構造をもつタンパク質。細胞の分化?増殖の促進,細胞死の抑制など多様な生理作用を有する。
研究者情報:出山 諭司
研究者情報:金田 勝幸