金沢大学医薬保健研究域薬学系の藤田光助教,国嶋崇隆教授らの研究グループは,ごく基本的な化学構造を持ちながらも実在が確認されていなかったテトラフェニルアンモニウムの合成に世界で初めて成功し,その存在を実証しました。
アンモニウム([NH4]+)の4つの水素が全て炭素原子団に置換されたイオンは,第四級アンモニウムと呼ばれ,生体分子や医薬品中に幅広く見られる構造です。様々な炭素原子団を持つ同種のイオンが多数知られている一方で,4つの水素が全てベンゼン環に置換されたテトラフェニルアンモニウムは,これまでに自然界から発見されていない上に化学合成も達成されておらず,存在できるのかどうかすら明らかではありませんでした。この第四級アンモニウムは,有機化合物の代表的な構成要素である窒素原子とベンゼン環のみから成り立ち,有機化学の初学者でも思い描くこと自体は容易なほどに,ごく単純で基本的な化学構造を持っています。それにもかかわらず,誰一人として実際にその姿を見た者はいないという,「幻のイオン」とも言えるものでした。
本研究では,ラジカルカップリング(※)を利用する斬新な合成戦略を打ち立てることでテトラフェニルアンモニウムの合成を達成し,その存在の実証に成功しました。この戦略では,合成原料となるトリフェニルアミン誘導体をラジカルカチオン1へ変換して活性化させた後,カップリング相手となるフェニルラジカル2と反応させることで,鍵となる窒素–炭素結合を形成させ,第四級アンモニウム構造へと導きます(図1)。最終的に得られたテトラフェニルアンモニウムの塩に対しX線結晶構造解析を行ったところ,このイオンの化学構造がはっきりと確認されました(図2)。さらにテトラフェニルアンモニウムは,強酸性や強塩基性条件にも耐え得る高い安定性を有することも明らかとなりました。
本研究により,テトラフェニルアンモニウムが安定に存在できることが実証されました。今後,このイオンやその誘導体の大量合成が実現すれば,安定性の高い有用な有機イオンとして幅広い活用が期待されます。さらに本研究で用いた合成戦略は,構造的新規性の高い様々な類縁アンモニウムの合成にも応用できる可能性があります。
本研究成果は,2022年5月9日18時(日本時間)に国際学術誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。
図1.ラジカルカップリングを利用したテトラフェニルアンモニウムの合成戦略
図2.テトラフェニルアンモニウムのX線結晶構造
【用語解説】
※ ラジカルカップリング
2つのラジカルが結合する反応のこと。分子に含まれる電子は一般的に,2つで1組の電子対を作っている一方,ラジカルは対になっていない高反応性の電子 (不対電子) を持っているため,他のラジカルと結合を形成して共有電子対を作り出す反応を起こしやすい。今回の合成では,正電荷を帯びたラジカルであるラジカルカチオンを反応に用いた。
研究者情報:国嶋 崇隆
研究者情報:藤田 光